フィギュアスケーター(アイスダンス)小松原美里さん
優美な演技で人々を魅了するフィギュアスケーター(アイスダンス)の小松原美里さん。夫で競技のパートナーであるティム・コレト(小松原尊)さんと2023年の全日本選手権で優勝するなど、第一線で活躍しています。小松原さんは、植物性の食事を中心としたヴィーガン食を取り入れているヴィーガンアスリート。またプライベートでは2023年に卵子凍結したことを公表し、女性アスリートのフェムケアについても発言してきました。そんな小松原美里さんが考えるWell-Beingとは?
2023年全日本選手権 撮影:赤羽はるみ
メンタルもフィジカルも、自分の状態に敏感
お話をうかがったのは、2023年の全日本選手権で優勝を飾った直後。インタビューの場に訪れた小松原さんは、偉業を成し遂げた後にもかかわらず、「インタビュー、緊張しますね」とにっこり。気遣いで場をほぐしてくれる、笑顔の素敵な女性です。
インタビューよりも数倍の緊張に包まれる試合。そちらのほうが大変では?と投げかけると、自ら「緊張ジャンキー」と呼んでいるほど、その空気感が好きなのだと言います。
「緊張していないとミスをしてしまうので、緊張していないときの方が焦ります。でも今回の全日本選手権はいつも以上に、めちゃくちゃ緊張しました」。張り詰めたような緊張感をまとうことも、アスリートには必要なこと。幼いころからフィギュアスケートに向き合ってきた小松原さんならではの感覚です。
「普段の生活から、メンタルもフィジカルも、一つひとつ敏感に感じ取る癖がついていると思います。敏感過ぎてちょっと疲れてしまうこともありますが、どうやったら自分をよりよい状態に持っていけるだろうと、試行錯誤の連続です」
体だけではなく、心の状態も競技に現れてしまう厳しい世界。今、自分がどんな状態なのかを把握することは欠かせません。小松原さんは日々、自分の状態や活動をノートに書き込んで、大会ではそのノートを開いてみるそう。「振り返ってみると、これだけ気を付けて生活してきたんだからと、自信を持って試合に臨むことができるんです」
自分に何が合うのか追求した結果、辿り着いた「ヴィーガン」
コンディションには人一倍関心を持ち、自分の体に合うものをと調べているうちに出会ったのがヴィーガン食。
「9歳からフィギュアスケートを始めて、選手生活は今年で22年になります。高校生までは周囲の方に教えていただいたことをとにかく実践するだけでしたが、大人になって、もっと能動的に、体の仕組みはどうなっているのだろう、どんな物を食べるとどんな力が出せるのだろうかと考えていたころに病気になりました。やっぱり自分の体を作るのは食事だと再認識しました」
病を得た当時はイタリアに滞在中。ちょうど現地でヴィーガンが流行していたこともあって、トライしてみたところ、体にしっくりくる、自分に合うと感じたと言います。ただ、最初は知識不足でうまくいかないことも……。
「はじめはとにかく葉っぱを食べてればいいという浅い知識でした(笑)。それで反対に調子を崩してしまいました。単に植物性に変えればいいということではなく、植物性食材の何を取り入れるか、自分に必要な栄養素は何かを学び、バランスも考えるようになりました。するとすぐに変化が出て、排泄が楽になって、お肌の調子もよくなりました」
どうしても不足してしまう栄養はサプリメントで補給
ヴィーガンを取り入れて変化したことに、疲労回復のスピードもあるそう。アスリートにとってはトレーニングの後の疲労回復は大きな課題。以前は、1日に9時間練習するほど、過酷な日々もあったそうですが、ケガを経験し、最近では時間よりも練習の質を重視して時間を短縮。それでも1日に5時間ほどを氷の上で過ごしています。
「ヴィーガン食にして血液の循環が良くなったのか、疲れの取れやすさが急速に変化したようです。次の日の足の動き、筋肉の動きが変わったと感じています。アスリートは、自分を追い込んで練習しないといけない。ですから、『いかに追い込み続けられるか』っていうところが勝負。回復する方法がわかっていれば、練習量もコントロールできるので本当に助かっています」
とは言え、アスリートには動物性の栄養も必要……そんなイメージもあります。どうしても不足しがちになる栄養素については、小松原さんはサプリメントで補っています。
「B12というビタミンがヴィーガンだと摂りづらいと言われています。そこは、私はサン・クロレラで補っているので、おかげさまで特に問題はありませんね。サプリメントを使わずに必要な栄養を毎日きちんととるのは難しいと思います。今こうして手軽にいただけることは本当に幸運だなと思っています」
女性アスリートとしての情報発信も積極的に
2023年に卵子凍結したことを公表するなど、アスリートとして女性の体と健康についての発言も積極的に行っています。フィギュアスケートは体型や体重の管理も厳しく、幼少期からトレーニングを積み重ねてきた小松原さんには苦労も多くありました。
「生理が来ない月があって、それを人に相談すると『生理が飛んだってことは十分細いってこと』なんて言葉が返ってきたこともありました。実は私自身、そう思っていたときもあったのです。でも、どこか自分の思う選手像と違うと、理想とのギャップを感じてもいました」
そんな現状に自分の意見を持つべきだと感じた小松原さんは、女性アスリートの生理など、フェムケアについて自分なりに調べ、いろいろな情報に接しました。その一つが卵子凍結。
「調べてみると、卵子凍結を公表していらっしゃるアスリートもおられて、こんな選択もあるんだと救われた自分がいました。だから私が発言することで、後輩に少しでも情報提供できればいいなと思っています」
折しも、2022年の北京オリンピックを前にした時期。競技者としてのキャリア、幼いころから大好きなフィギュアスケート、そして一人の女性としての人生。そのはざまでどうするのが良いか、思いを巡らせていたそう。
「もしオリンピックに行けなかったらどうするのだろう。どういう人生の設計をするんだろうと考えてみたときに、たとえ、オリンピックに行けなくてもスケートが好きだから続けたいと思いました。そして次に考えたのは、心の底から楽しんで滑るために、不安に思っていることは何だろうということ。その不安を取り除いて、より良い選手でいて、より良い人生を送りたいと思ったとき、卵子凍結という選択を決断しました」
より良くなるための変化を、怖がらないで―
食事も、生活も、社会も。より良いものに変化させていくことを怖がらないでいようー。そういう考え方を軸にした選択の結果が、ヴィーガンや卵子凍結でした。そしてこうした選択の積み重ねが、小松原さんの考える「Well-Being」です。
「世の中にはいろいろな情報があり、いろいろな考えの人がいるけれど、まずは自分の声をしっかり聞くこと。自分を大切にすることで周りに優しくなっていける。それが広がっていくことがWell-Beingだと思います」
厳しいアスリートの世界で、いかに自分らしく生きるかー。そんな問いを繰り返しながら答えを探し、幸せを追い求めている小松原さん。氷上の優美な演技と笑顔の奥には、自分と向き合い、より良い自分を目指す向上心がありました。